美ノ谷和孝 2010年5月20日、香港のプリンセス・マーガレット病院にて、永眠いたしました。 |
| 近年: | ミニスタジオ株式会社リンクインクを主催。 調査企画と基礎設計およびデザインワークに専門特化。かつてのCD-ROMプロダクションLINK, Inc.は個人事務所サイズまで縮小。 |
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2002年以降、労働集約型事業であるソフトウェア開発やコンテンツ制作から離れ、プロデューサーやデザイナーとしての創作仕事に特化。 2001年、日産乗用車向けに情報エージェント端末装置のアイデアと企画を提供。"CARWINGS"の名称で搭載されました。 右の写真はJETROで2001年度ソフトウェア専門家を務めていた時に、スリランカのソフトハウス社長と。 中国の二つの組織、日中動漫游戯交流促進機構(JCCAGE) の副代表、 上海張江創新学院2.5D動画研修センターの理事を務める。 |
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| 過去: | 2000年秋、非ベンチャー企業路線(成長拡大と市場占有を目指さず)に転進。社名をリンクインクからリンク工房に換えました。有限会社リンクキューブ(現・有限会社フォトキューブ)をエージェント研究開発ユニットとして設立し、複数の特許を出願しました。 |
| 1996年、WEBコンテンツ制作が主業務に。対話型WEBアニメ制作に注力。マイクロソフト社の番組枠を得て、半年間の放映を行う。同分野に進出したてのリアルネットワーク社、凸版印刷などを顧客とする。 | |
| 1994年、家庭向け娯楽CD-ROM制作を主業務に。児童向けコンテンツ制作に励む。 | |
| 1991年、対話型コンテンツと人工知能サービスの企画会社LINK, Inc.を設立。日本銀行や東海銀行(現・りそな銀行)に分散型情報管理システムや人工知能テクノロジーを提供。 |
| 出生: | 1957年7月5日、北海道千歳市に生まれる。 |
| 学歴: | 北海道大学大学院修士課程終了。学部では精神障害者福祉学を、大学院では精神衛生学を学びました。卒業後は富士ゼロックスのソフトウェア技術センター、中央信託銀行(現・中央三井信託銀行)の本店事務管理部に勤務。1991年に独立開業。 |
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| 1992年、講談社での次世代メディアセミナー | 1995年当時のLINK, Inc. |
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その他の活動
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1997
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東洋経済社「ベンチャークラブ」誌編集部の選ぶ『日本のベンチャートップ100』第14位に選ばれる。 |
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1996
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この年からWEBコンテンツ制作が二大事業の1つに追加。 |
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1994
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家庭向けCD-ROM制作を主業務に。 |
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1993
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Macエヴァンジェリストの大谷和利氏らから、江東区青少年センターでのMacマルチメディアセミナーの仕事を引き継ぐ(8年間続き、2001年春終了)。 |
| 第2回NeXTアート展『NeXPERIMENT'93』を主催。 | |
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1992
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富野逗子市長(当時)から逗子市情報化推進委員に任命され、逗子市役所内外ネットワーク構築をサポート。 |
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1991
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LINK, Inc.を設立、QuickTime対応CD-ROMとしては世界初の『QTV』を制作し、翌年の幕張MacEXPO'92で発表した。91年暮れ、第1回NeXTアート展『NeXPERIMENT'91』を主催。 |